東京地方裁判所 平成2年(ワ)11335号 判決 1991年12月20日
原告
パトリシア・ダンフォード
右訴訟代理人弁護士
長谷川健
同
藤勝辰博
被告
パトリック・ダンフォード
右訴訟代理人弁護士
近藤早利
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一被告は、原告に対して、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年九月一日から支払済まで年五分の割合により金員を支払え。
二原告と被告との間において、原告が別紙権利目録記載の権利全部を単独で有するものであることを確認する。
三被告は、東京都港区南麻布二―八―一二日本アムウェイ株式会社に対し、別紙通知目録記載の事実を通知せよ。
第二事案の概要
本件は、原告から、夫であった被告に慰謝料の支払いなどを求めるものである。
一請求原因
1 原告と被告は、一九八五年七月四日に婚姻し、その間には長男パトリック・アーロン・純也・ダンフォード(一九八六年七月六日生)がいる。
2 原告と被告は共同で、一九八五年七月、訴外日本アムウェイ株式会社とダイレクト・ディストリビューター契約を締結し、右契約に関して発生する別紙権利目録記載の各種ボーナス等の受給権等ダイレクト・ディストリビューターの地位(以下、本件権利という。)を準共有していた。
3 一九八六年二月一五日頃、被告は突然原告に離婚を申し入れた。その際、被告は原告に対し、本件権利のうち、被告の準共有持分二分の一を原告に譲渡し、原告はこれを譲り受けた。
右譲渡については、被告は日本国内における就労許可を有していないことから、日本国政府の不法就労に関するチェックが厳しくなり、被告自身本件権利を保持することが困難になったという事情もあった。
被告は、「あとは勝手にしてくれ」と言残して、原告及び子を日本に残したまま、米国に帰国してしまった。
4 被告は、米国バージニア州において、原告に対し、同国の弁護士を通じて離婚を請求している。
被告は、言を左右にして、本件準共有持分の譲渡通知の手続をしない。
5 原告は、被告による悪意の遺棄によって多大の精神的損害をうけ、それを慰謝するには少なくとも一〇〇〇万円を下らないが、内金として五〇〇万円を請求する。
6 よって、原告は被告に対し、本件権利全部が原告に帰属することの確認及び被告から原告への本件権利の準共有持分の譲渡の事実を日本アムウェイ株式会社に対して通知するように求めるとともに、慰謝料五〇〇万円の支払いを求める。
二被告の本案前の答弁
1 本件訴えを却下する、との判決を求める。
2 理由の要旨
本件は、実質は離婚に際しての財産分与、有責配偶者に対する慰謝料請求であるところ、次のような事情があり、当事者の公平、適正、迅速な裁判の実現など国際裁判管轄を決定する際に考慮すべき要素に照らし、日本国の裁判所は管轄権を有しない。
ア 被告は、日本に住居所を有しない。
イ 原告と被告は、一九八五年七月四日米国で婚姻した。
ウ 原告と被告は、一九九〇年二月一四日米国のバージニア州裁判所で離婚した。
エ 原告は、米国籍のみを有し、ニュージーランドに住所を有し、原告の子供達も同所に居住している。
三本案前の答弁に対しての原告の認否、反論の要旨
1 前記二2のアないしへの事実は認める。
2 原告は、神奈川県藤沢市にも住所を有している。
3 原告の請求は、本件権利の準共有持分の譲渡を受けたことに基づく、地位確認と譲渡通知を求めているのであるから、義務履行地の裁判所である東京地方裁判所に特別管轄(民事訴訟法五条)がある。民事訴訟法上の裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、判例(最判・昭和五六年一〇月一六日民集三五巻七号一二二四頁)も我が国の裁判権に服させるのが条理に適うとしている。また、ダイレクト・ディストリビューターの地位の特殊な性質及び適正な裁判の確保、当事者の公平の見地から考慮しても、東京地方裁判所に裁判管轄が認められるべきである。
第三判断
一原告の本訴請求は、被告が原告に対し離婚を申し入れた際、本件権利のうち被告の準共有持分を原告に譲渡したとして、本件権利全部を原告が有することの確認と右譲渡事実の通知手続を求めるとともに、被告が離婚を申し入れたのち原告と長男を悪意で遺棄したことによる慰謝料を請求するというものである。そして、原告と被告がその後米国で離婚したことは弁論の全趣旨に照らして明らかである。
そうすると、本件は実質的には離婚に伴う財産分与及び慰謝料を巡る紛争と認められる。このような場合の国際裁判管轄権を検討するについては、一般にこれらに関する準拠法が離婚のそれによると解されていることや事柄の性質に照らし、通常の財産上の請求としてではなく、離婚に準じて考えるのが相当である。
二国際裁判管轄権については、我が国には、これを定める明文の規定はなく、当事者の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念に照らし、条理により決定されるべきであるが、離婚の国際裁判管轄権の決定については、原則として被告の住所地を基準とすべきであるが、例外として原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合その他これに準ずる場合には、例外として、原告の住所地国にも裁判管轄権が認められるべきであるとされている(最判・昭和三九年三月二五日民集一八巻三号四八六頁)。
そこで検討するに、弁論の全趣旨及び<書証番号略>によれば、原告と被告はともに米国籍であって、一九八五年米国で婚姻したこと、その間には一九八六年生の男児があるが、一九九〇年米国バージニア州の裁判所で離婚したこと、被告の住所は米国であること、原告はニュージーランドに家屋を有して、子供とともに居住し、子供は同地の学校に通学していること、そして、原告は子供の長期休暇や仕事の必要があるときに神奈川県藤沢市にある母親の住居にやってきていること、原被告間の離婚に伴う本件権利及び扶養に関しては既に米国で裁判があったことが認められる。
右によれば、被告の住所地は米国であって我が国にないことは明らかであり、かつ、原告の生活の本拠はニュージーランドであるというべきであるから、やはり我が国に住所を有しないものというべきである。
そうすると、前記判例の示すところによれば、本件について日本の裁判所は裁判権を有しないというべきであり、また、国際裁判管轄権を決定するに際し考慮されるべき当事者の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念に照らしても、右認定の事情のもとでは右の結論が相当であると考える。
(裁判官木村要)
別紙権利目録<省略>
別紙通知目録<省略>